la forgerone 岡本友紀  作品や制作風景、日々の徒然などを綴ります。 


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la forgerone
ラ フォルジュロン 
フランス語で鍛冶屋を意
味する 「 le forgeron 」
(ル フォルジュロン)の始まり
と終わりを女性名詞風に
アレンジした造語。
男性のイメージが強い鍛
冶の仕事を女性らしい柔
らかさで包みたいという
思いを込めて
読み方も少しだけ
アレンジしています。


..................


・CM出演
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〜Living with Modern Crafts〜 →

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私はこうして鍛冶屋になった。2

随分と間があきましたが「私はこうして鍛冶屋になった」の続きです。
読まれていない方でご興味のある方は→からご覧くださいね。



師に「教えてくださいー」と勢いづいて言ったはいいけれど、
もちろん「女の子には無理じゃけ」と言われてがっくしきた私。

師が経営していたのはルテスというcaféで、私はそこに通いつめていて
もちろん断られた後もずっと通ってました。

b0072234_10234631.jpg

マスター(師)の雰囲気と異国情緒を漂わせるお店は当時かなり目立っていて
今あってもかなり目立つと思う。
caféブームとか言う流行りの何年も何年も前の話です。

当時そのcaféに集まる人はお洒落な人(モデルやダンサー、マスコミ関係者、ファッション関係者)が多く
そこにいるだけでも楽しくて20代前半の私は入り浸っていたわけです。
当時を思い出すととてもノスタルジックな思いがわきあがるのと
なんともいえない「私の好きな思い出」が綺麗によみがえります。

parisの片隅のような、ゴダールの映画のような空気がそこにあったの。
で、そこに私たちがそれぞれ主人公で存在していた。
話が生まれ、夢を語り、大勢でにぎやかにしていても、独りでいれる。
何かが確実にそこにうまれた。
そんな空間。
多分、当時ルテスに通っていて親しかった人たちはその気持ちを共感できる人が多いと思う。
そこは広島であって、広島じゃなかった。

当時のルテスの写真、あまりなくて、、、残念。

・・・あ、話がそれた。すみません。

師を見つけるたびにちょこちょこ(毎回ではない)教えてください教えてくださいと弟子入り志願をする私。
(弟子入り志願というほど堅苦しい行動ではなかったけれど 笑)
こんなのが作れるんなら作ってみたいー!!というのが頭の中を駆け巡りいてもたってもいられなかったの。




「la forgerone」として活動をしていると
やはり、習いたい、教えてほしい、という方は確かにたくさんいらっしゃいます。
特に女性の方。

私は「作ってみたい~」という気持ちが先にたっていたので「しつこい」という意識もなく
ちょこちょこ師に教えてください教えてくださいといっていたのですが

・・・そう、何年も活動していて気付いたのですが
・・・一度お断りをすると何度も作りたいと言って来る方はほぼいません。
今考えると私は当時全く意識していなかったけどかなりしつこかったのですね 汗!


教えてほしいとご連絡を頂くたびに、師が断ったように私も女性には難しいからとお断りをします。
もちろん私が女性なので女性には無理なわけではないけれど
男女問わず「習いもの」として何回か通えば気に入ったモノが作れるわけではないと経験上知っているから。

習いものとして週1回3時間で月に4回。
それを繰り返したからといって鉄を思うとおりに叩くためにちゃんとハンマー振れるようになるのは
何年後のことか・・・。(男性の場合は力があるので早いですけどね)

私はもともと体が弱くて(喘息でした)全くといっていいほど体力がなかった分、すごくと時間がかかった。
「ハンマー振れるようになったのぅ」と師に言われるまで
週3で1日8時間アシスタントとして働きながらいろいろ覚えていって3年以上かかってます・・・。
もちろん、それまでの間もハンマー振ることも叩くこともできているんですよ。
ただ、ちゃんと「鍛える」に値してない「振る」ことなんです。
「力ついたのぅ」って言われるまでどれくらいかかったか・・・。

あ、もちろん習いものとして何かを作るためのカリキュラムがあれば それにそって〇〇を作るのは可能なのですよ。
ちょっとばかし体力と根性と度胸(怪我を平気とする度胸も)がいりますが。

私は体力は全くなくて困り果てましたが、根性だけはありました。
体力は次第についていきますし度胸は慣れです。
多分、根性がこの仕事では一番大切かも、ですね。
あきらめない根性。



習いもの感覚ではなくて、仕事としてやっていきたいというどっちかというと無謀な私。
仕事もさっさとやめてしまってたので、バイトを数件かけもちしていていました。
とにかく、「万が一、教えてもらえることになった時に時間をつくることができない」と
いうことをしたくなかった。

何度目かの「教えてくださーい」のTRYのあと、
「〇〇のところの外壁工事を頼まれたけぇ、絵を描いて来んさい」と言われ
うわー!!!!とドキドキして絵を描いたのを覚えています。
何枚書いたんだろう。

結局それは市の重要文化財に指定されている建物だったので変更ができず
その次のチャンスの「絵を描いて来んさい」の時に鉄の制作ではないアシスタントをすることができました。
人生初めての土方仕事のアシスタントです。

「タイルのモザイクあんたできるか?」
・・・もちろんしたことはない。
が、、「面白そう!!やります!!できます!!!」と即座に答えてました。
あたりまえですよね。
やっと何かできそうな気配が一杯でわくわくしているんだもん。

もちろん知識はないし、どこに行ったらタイルがあるのかも知らない。
当然、師は私がそういう知識が「全くない」のを知っている。
こことここにタイル屋があるけぇ、そこ回りんさいと教えてもらい
タイルを仕入れて小さいパーツでモザイク作り。

「あんた、いいもの作れそうだからやってみんさい」
その言葉がうれしかった。
やったことなくても、どうにかやればできるんだってことはそれまでの少ない経験でも知っていたけど
それを実現させてくれる人は少ないと思う。


ルテスの2階にあったフレンチの隣接しているギャラリーで這い蹲ってこつこつとモザイク作り。
もくもく延々と作り続ける。

今でも鮮明に思い出します。
もう15年以上前のことです。



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by la_forgerone | 2010-08-22 12:45 | 私はこうして鍛冶屋になった。