la forgerone 岡本友紀  作品や制作風景、日々の徒然などを綴ります。 


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ラ フォルジュロン 
フランス語で鍛冶屋を意
味する 「 le forgeron 」
(ル フォルジュロン)の始まり
と終わりを女性名詞風に
アレンジした造語。
男性のイメージが強い鍛
冶の仕事を女性らしい柔
らかさで包みたいという
思いを込めて
読み方も少しだけ
アレンジしています。


..................


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カテゴリ:私はこうして鍛冶屋になった。( 3 )

独立心のこと。

昨晩、友達と職場からの独立などの話をしました。
かなり「スタッフの独立」について話していたので
夜中2時頃に家に戻って自分の時ってどうだったかな、、とつい思い出して書いてみました。


私は鍛冶屋のアシスタントとして修行に入った時、
いつかはアトリエ欲しい〜とぼやーんと考えていたけれど全く意欲的ではなくて
師匠の元で制作できていたらイイ、というだけの感覚がわりと強かった。
ただただ、携わっていることが楽しかったから。
いつかはアトリエ欲しいーと言っていたけど実際に現実的には全く考えてはいなかった。

なので、それに至る工程はいろいろあるけれど結果として
29の終わりぐらいから~31才ぐらいまで鍛冶屋をやめていてあきらめていた。
約2年ぐらい。

その間にやっぱりやりたくてどうしてもやりたくて辛くて
師匠にもう一度させてくださいと頼んで復帰することができた。

復帰した後も携われる事が作れる事が楽しくてあまり独立とかは考えてなかった。
ただ、以前と比べたら
いつかは独立しなくては、という気持ちではいたけれど、まだ現実的ではなかった。
それは心の片隅で自分にはまだまだ無理だ、という気持ちがあったから。
当時の友達と話している時に「いつかアトリエ欲しいんだよね」と話してる私に
「そんな事言ってる人って結局しない人が多いんだよね」と言われてドキッとしていたので
我ながら口だけで本気で言っていたわけではないんだなぁと今振り返っても思う。

師匠が癌で入院した時に
できるだけ早々にアトリエを持たなくてはならないという現実がやってきた。
それと同時に師匠に弟子としての成長を少しでも見てもらはなくては悲しい思いをさせてしまう!
という焦りもあってはじめての展示会を開催した。
それまで自分の作品を作りたいと思ってはいたけれど"私にはまだ無理だ、できない"と
思い込んでいたので取り掛かるときもドキドキしていた。

実際作りはじめると多少の技術は思ったよりもついていたことがわかり
作れないものもまだまだ多いけど、それなりに作れるようになっていて
それが楽しい。
でも師匠に見せなくては!という焦りと早くしないと亡くなってしまうかもしれない、
間に合わないかもしれない、失望させてしまうかもしれない、、
という気持ちでちょっときつかった。

翌年の夏の終わりに師匠が亡くなった時に私は自分の作品を作るために
ご家族の方にお願いしてそのままアトリエをお借りさせて頂いていた。
その時には3年以内にアトリエを作らなきゃ、、と漠然と決めていた。

けれど、お客様もいなければコネもない、
もちろんアシスタントをずっとしている私にお金なんて全くない。
仕事がなければお金がないので独立もできない。
師匠のあとは息子さんが継がれているので当然私は私のお客様を作る必要があった。
筋違いのことはしたくなかったから。

師匠は以前飲食店を経営していてそこから独立してお店を持たれた言わば兄弟弟子の方々が
当時人気店を開いていた。
皆さんのお店にDMなどを作っては置いて頂いていた。
「私等はマスターにお世話になっているご恩がある。
 息子さんを盛り上げるために応援するから、DMを置いてあげる事はできるけれど
 それ以上は何もできない。
 お前が作る人じゃなければ良かったのに」
と言われたけれど、それでもツテもないので置いて下さるだけでありがたかった。

自分のアトリエを作ったのは師匠が亡くなって2年後で
今年で6年目。

私は独立心がなかった方だな、、、と思う。
でも、独立しなくては!と切羽詰まった気持ちと状況になってからは
どうやったらお客様が増えるのか
どうやったら興味を持って頂けるのか
どうやったら仕事として成り立つのか、、かなり必死に考えた。

独立心が少なかったわりに
今自分の仕事として自覚してやっていけてることと
制作が好きでやっていけることをありがたく思う。
人間崖っぷちになれば何とかがんばれるんだなって、、思う。笑

師匠が今生きて健康で制作して下さっていたならば
きっと私は独立していないか独立していたとしてもぐだぐだだったと思う。

独立って人それぞれの考え方があって
それぞれのタイミングでするのだろうなーって思うので
独立心旺盛で意欲的な人もあれば
私みたいに切羽詰まって独立する人もいる。
流されて独立する人も。

いろんな人がいるんだなぁと思う。

自分の仕事としてもの作りをするのって大変だと思うけどやっぱり楽しい。
きついけどww

独立心旺盛な人が集まる場(会社)の人と話をしていて
私はどうだったっけな、、と思って振り返って書いてみた。

それにしてもつくづく思うのは、、、
私は師匠に恵まれた。
あんな人になりたいと今でもずっと思ってる。
なれないけど。
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by la_forgerone | 2013-07-15 12:44 | 私はこうして鍛冶屋になった。

私はこうして鍛冶屋になった。2

随分と間があきましたが「私はこうして鍛冶屋になった」の続きです。
読まれていない方でご興味のある方は→からご覧くださいね。



師に「教えてくださいー」と勢いづいて言ったはいいけれど、
もちろん「女の子には無理じゃけ」と言われてがっくしきた私。

師が経営していたのはルテスというcaféで、私はそこに通いつめていて
もちろん断られた後もずっと通ってました。

b0072234_10234631.jpg

マスター(師)の雰囲気と異国情緒を漂わせるお店は当時かなり目立っていて
今あってもかなり目立つと思う。
caféブームとか言う流行りの何年も何年も前の話です。

当時そのcaféに集まる人はお洒落な人(モデルやダンサー、マスコミ関係者、ファッション関係者)が多く
そこにいるだけでも楽しくて20代前半の私は入り浸っていたわけです。
当時を思い出すととてもノスタルジックな思いがわきあがるのと
なんともいえない「私の好きな思い出」が綺麗によみがえります。

parisの片隅のような、ゴダールの映画のような空気がそこにあったの。
で、そこに私たちがそれぞれ主人公で存在していた。
話が生まれ、夢を語り、大勢でにぎやかにしていても、独りでいれる。
何かが確実にそこにうまれた。
そんな空間。
多分、当時ルテスに通っていて親しかった人たちはその気持ちを共感できる人が多いと思う。
そこは広島であって、広島じゃなかった。

当時のルテスの写真、あまりなくて、、、残念。

・・・あ、話がそれた。すみません。

師を見つけるたびにちょこちょこ(毎回ではない)教えてください教えてくださいと弟子入り志願をする私。
(弟子入り志願というほど堅苦しい行動ではなかったけれど 笑)
こんなのが作れるんなら作ってみたいー!!というのが頭の中を駆け巡りいてもたってもいられなかったの。


長いので続きはこちらからどうぞ ☆
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by la_forgerone | 2010-08-22 12:45 | 私はこうして鍛冶屋になった。

私はこうして鍛冶屋になった。1

「鍛冶屋になるまでのこと」、「アシスタントの頃」のお話を公私共によく聞かれます。
多分、この15年間の間で何万回も聞かれたかもしれない。

はじめましての会話のスタートは 「何されてるんですか?」
そこから始まることも少なくない・・・。

普通の会話で、「何されてるんですか?」 きっと何気なく聞いて、
「へー、そうなんですねー。」
と次の話題に進むことが多い、かもしれない。。。


私の場合、はっきり言って、リアクションをもらえるネタを仕込んでいるような仕事の気がする。

「何してるんですか?」
「鍛冶屋です」
「へ??鍛冶屋って何ですか?」

鍛冶屋を知っている人はもっと 「へ???」 と言う顔をする。
(鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしてくださった1番の方はMAYA MAXX さんでした・・笑)


なんで鍛冶屋になったの?
どうやってなったの?
よく聞かれるのでなんだかblogにも書いている気がしていたのだけれど、
そういえば、書いてなかったかなぁ。
はて?


ちょうど4月だし、ちまちま思い出しながら書いていこうと思います。
きっと書いてることもあるだろうけど、多分、書いてないこともあるだろう。
もしかしたら何かをはじめたい、でもはじめられない・・・。と言う人もいるかもしれないので、
悩むより行動したら何とかなるよーと言うblogのつもりでもあります。



題して
「私はこうして鍛冶屋になった。」
b0072234_233831.jpg

鍛冶屋といっても鍬や刀を作っているわけではないですよ。
こんなのとか、シャンデリアとか、作ってます。


興味ない方は、飛ばしてね。


長いので☆
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by la_forgerone | 2010-04-23 23:33 | 私はこうして鍛冶屋になった。